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CEO 栗本祐介(Yusuke Kurimoto)

CEOプロフィールページをご覧いただきありがとうございます。

ここでは僕がどんな人生を歩んできたのかを簡単にご紹介させていただきます。予めお伝えしておくと、僕の人生は誰かに誇れるような輝かしい実績や経験は一つもありません。ただ過去の全ての時間、全ての出会いが今の僕を形作っており、無駄な瞬間は一つもなかったと思っています。そしてこれから先もきっとそうでしょう。

​では、お時間のゆるす限りご覧ください。

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My Story

1979年

愛知県一宮市という片田舎に生をうける。両親はともに公務員という真面目な家庭で育つ。

小学校・中学校

4月生まれということもあってか小学校の頃は勉強がよくできた。性格は控えめだったので目立つ存在ではなかった。運動神経は中の中。短距離走より長距離走が得意。絵を描くことが好きで美術はいつも表彰されていた。

高校・大学

なぜか『自分は努力しなくてもできる人間だ』という思い込みが激しくなり、全く努力をしない人間に。大学は(当時)偏差値50以下の大学に滑り込みで合格。大学の頃は勉強はほとんどせず、バイトばかりしていた。この頃から人とのコミュニケーションを避けるようになる。

20代

地元にいてもつまらない、と思い親からの支援金とバイトで貯めたお金を元手に上京。好きだった絵を描きつつ、イタリアンレストランや飲食店などで働く。レストランの上下関係で社会の厳しさを知り、人生で初めての挫折を味わう。この頃から自分の世界に閉じこもるようになる。

29歳〜32歳

株式会社ONE(求人広告代理店)に就職。

「このままでは一生本気を出さないまま俺の人生は終わる、、」と気づき、人生を好転させるために、あえて一番毛嫌いしていた営業職にチャレンジ。入社直後にリーマンショックが起こり、成績を上げられない同僚が辞めていく中、人生詰みかかっていた僕は稼働時間を極限まで高め、少しずつ手応えを得ていく。別部署の理系脳の親友にも助けられ、早期にマネージャーに採用される。

32歳〜35歳

レバレジーズ株式会社(IT人材ベンチャー)に転職。

更なる高みを求めて、中堅ベンチャーに転職。ここでONE時代に実績を上げて天狗になっていた自分の弱さを突きつけられ、人生2度目の挫折を味わう。自分と向き合うため、2ヶ月間お寺での座禅や独り温泉などを実践。ある時『起業』のキーワードが頭に閃き、起業家を目指すことに。その後、全てのプライドを捨てて営業成績を上げる行動だけに専念。自分で納得いく成果を上げたのち退職。

35歳〜40歳

インターギアソリューション株式会社(求人広告代理店)に転職。

起業するにしてもやりたい事業が決まっていなかったため、自由な社風の企業に転職し起業準備をすることに。ここで売上だけでなくクライアントの成功にコミットする営業するスタイルを確立。また、アポインター組織の教育に携わる中で、バクリス立ち上げのヒントを得る。この頃、人生のパートナーとの出会いも。

40歳

BlueHeats株式会社起業。

『わかりやすいデータ活用により、一人の生産性を飛躍的に伸ばす。』というミッションを掲げ起業。今までお世話になってきた人材系企業の営業支援をするビジネス『バクリス』を立ち上げる。奇しくもコロナの乱世とともに立ち上げることになるが、友人やご縁があった多くの方々に支えられ売上は徐々に伸びている。クライアントからの感謝の言葉が会社の原動力になっている事実に気づく。そして、現在に至る。

今後の人生は、

会社経営において一心不乱に規模拡大だけを目指すことはありません。僕の経営の揺らぐことのないテーマは『社会貢献性』です。このキーワードをもとに、スケールは小さくても誰かを幸せにできるような事業を創出していきたいと思っています。

今後の栗本祐介のアクションにもご期待いただければ、大変嬉しく思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

栗本 祐介

Contact

​私栗本への直接のご連絡は、メールかTwitterのDMでいただけますと幸いです。